あなたの表現と私の視点を持ち寄り、重ねて、想像する
―多国籍美術展「Cultural BYO…ね!」ができるまで

文=韓 河羅
(イミグレーション・ミュージアム・東京 企画統括)

多国籍美術展「Cultural BYO…ね!」(以下、多国籍美術展)は、日本に暮らす海外ルーツの人びとの作品・表現を一堂に紹介する展覧会。タイトルの「BYO=Bring Your Own(あなたの好きなものを持ち寄って)」という呼びかけのもと広く作品・表現を募集し、そのすべてを展示するというチャレンジングな試みです。2022年度は、2021年度に引き続き2回目の実地開催となりました。このレポートでは、多国籍美術展の開催に至るまでのプロセスを中心に取り上げます。

なぜ・どのように表現を募集するのか

肌寒さの残る春の初め、「イミグレーション・ミュージアム・東京(以下、IMM東京)」主宰の岩井さんと、多様なルーツのスタッフからなるIMM東京チームは、多国籍美術展の準備に取り掛かりました。2021年度の展覧会では、応募者全員の作品を会場で紹介できなかった心残りや、応募者とIMM東京チーム、そして応募者同士の交流が乏しかったという反省がありました。
そこで、改めて「なぜ公募なのか」という点に立ち返り、IMM東京が大事にしたいことをチームで話し合うことから始めました。その中で、「作品の質をジャッジしたいわけではない。表現を楽しんでいる・表現にちょっとした気合を持って向き合っている海外ルーツの人たちに出会いたい。そして、そういう人たち同士がここ日本で連帯感を持てるような場をつくりたい」という方向性が見えてきます。
また、「その人なりの創意工夫を込めたものなら、どんな表現も歓迎したい」という岩井さんの思いから、絵画や彫刻といった従来の「アートピース部門」に加え、慣習やパフォーマンスといった無形のものも応募できる「クリエイティブライフ部門」を新設しました。応募に慣れていない人でも気軽に応募してもらえるように応募用紙の記入項目をできる限りシンプルにし、多言語で対応するなど募集設計も試行錯誤しました。

IMM東京スタッフが集まる週1回の定例ミーティングの様子。
多国籍美術展の募集チラシ。デザイン:内山耀一朗

日本家屋と作品・表現同士のハーモニーを目指して

満を持して2か月半にわたり募集を行った結果、計58組70点以上の作品・表現が集まりました。それぞれの応募書類から伝わる熱量にIMM東京チームは感銘を受けます。そこで、春先からあったアイデアのひとつ、IMM東京チームと応募者とが知り合う「応募者説明会」を実施することにしました。IMM東京や多国籍美術展の趣旨について伝えるとともに、応募者の作品画像を見ながらその制作背景などを伺いました。IMM東京チームと応募者同士が初めて顔を合わせ、多国籍美術展のイメージや期待を共有する貴重な時間となりました。

「応募者説明会」は2日間にわたり実施。全員で応募作品の画像を見ながら話すカジュアルな会に。

展示会場は、東京都足立区千住地域にある築約100年の日本家屋「仲町の家」。かつて生活があった伝統的な空間をどう活かすか、応募者すべての作品や表現をひとつの会場でどう紹介するかがIMM東京チームの腕の見せ所になりました。展示方法をディレクションした岩井さんは「作品を単体としてみせるというより、作品と作品のハーモニー、作品と空間のシナジーが生まれるように展示することを心掛けた」と言います。応募者の意向を尊重しながら、日本家屋独特の構造やあらゆるスペースを余すことなく活かし、会場全体に表現をちりばめました。
会期中は「クリエイティブライフ部門」の応募者によるイベントも開催しました。海外にルーツをもつ方々の子守歌のエピソードを集めた絵本の朗読会、故郷スロベニアのハーブを使ったクッキーづくりのワークショップ、モンゴル民謡長歌と馬頭琴の演奏会と、どれも来場者との交流が生まれ大いに賑わいました。また、鑑賞を深める対話型鑑賞ツアーやこども向けの鑑賞ゲームといったさまざまな人たちが楽しめるプログラムも実施しました。

展覧会のために特注した襖式仮設壁(写真中央)や日本家屋のグリッド状の特徴に馴染む構造物(写真右奥)のアイデアは岩井さんによるもの。 撮影:冨田了平
こどもには「BYOパスポート」を配布。会場スタッフが出題した作品クイズに正解するとパスポートにシールが貯まります。シールをたくさん集めたこどもにはオリジナル缶バッチをプレゼントしました。

言語を越えて「あなた」を知ろうとすること

最後に、展示会場で配布したハンドアウトについて触れておきます。ハンドアウトには全応募者のプロフィールと作品説明をまとめました。それらの文章は日本語や英語、中国語といった言語で応募用紙に書かれていたものです。IMM東京チームは応募者自身が選んだ言語を尊重し、翻訳することなくそのままハンドアウトに掲載しました。複数の言語が混ざったハンドアウトは決して読みやすいとは言えません。しかし、あえて読みづらさを選択したのは、あるスタッフの言葉がきっかけでした。
「多くの人が読みやすいようにと、誰かの解釈が入った日本語や英語の対訳をつけるというのは違和感がある。応募者の中には母語で書いている人もいれば、そうではない言語で書いている人もいる。選んだ言語や文章からも滲み出るその人の魅力をそのまま伝えたい。」
その人の言葉を理解できることが、必ずしもその人を知ることには繋がりません。そして、何も知り得ないという前提に立ったとき、私たちはできる限りの想像力を働かせることしかできないのかもしれません。しかし、アートはそっと想像を広げる手助けをしてくれる。そのことを、今回集まった作品や表現のひとつひとつから教えられた気がします。