聞き手・編集:神道朝子(IMM東京 学生スタッフ

3名のアーティスト(アヤナさん、フロルさん、アーサーさん)が、それぞれ「自己表現」「身体表現」「文化的ストーリーテリング」を通して「多様性」を探求するワークショップを行いました。今回は、プログラムを通しての体験やインスピレーション、そして彼らの背景が中学生たちとの交流にどう影響したかについて、お話を伺いました。


Q:IMM東京 アート・エデュケーションプログラムに参加してみていかがでしたか?

フロル&アヤナ:とても楽しかったです!美術部の生徒たちと過ごす時間は、本当に素晴らしいものでした。

フロル:多様性へのアプローチをどうするかを考え、各セッションについて話し合い、意義を確認しながら計画を立てていくプロセス自体が、とても楽しかったです。最後のセッションでお別れの手紙を読んでくれたのが、とても印象的でした。私たちのワークショップで、少しでも生徒たちの中に新しい疑問や好奇心を刺激することができたようでとても嬉しかったです。

アヤナ:私は、若者を好奇心と創造性にあふれた存在だと信じていますし、社会全体から刺激や関心を受ける大切な存在でもあると思っています。今回のワークショップでは、生徒一人ひとりがさまざまな表現に挑戦し、自分らしさを発揮している様子を見ることができました。みんな本当に素晴らしかったです!この交流の機会に心から感謝しています。最後に生徒たちからお礼の手紙をもらったときは、本当に感動しました。私たちとの時間を通して、彼らがどんなことを感じ、受け取ってくれたのかが伝わってきて……「ムイト・バカナ!(とても素敵!)」な体験でした。

アーサー:最初は、生徒たちがどんな反応をするか正直少し不安でした。新しいことに挑戦するのは勇気がいるものですから。でも、そんな心配はすぐに消えました。 生徒たちは、舞踏の身体表現にもとても意欲的に取り組んでくれたので安心しました。

Q:ワークショップはどのようにつくりましたか?また、日本で海外にルーツを持ちながら暮らしてきた経験は、どのように影響しましたか?

アヤナ:私がワークショップを作るときに大切にしたのは、「文化的多様性」を主観的な視点から捉えることです。人を一つのグループとしてまとめるのではなく、それぞれが個性や物語、違いや共通点を持つ存在だと捉えるアプローチを目指しました。文化は私たちの心に住む枠組みをつくるものであり、学べば学ぶほど世界は豊かになります。この考えに基づき、常に生徒たち自身の視点や解釈に立ち返るようなワークショップを組み立てました。文化は決して固定されたものではなく、旅を続ける身体のようなものだと思っています。日本で外国人として暮らすなかで、個人の複雑さや文化を一言で表すことの困難さを痛感しました。だからこそ、主観性を大切にするアプローチが必要だと強く感じて今回実践してみました。

フロル:各セッションが物語のように連なり、進化していくように構成しました。まず自然をテーマに多様性を感じ取り、それを理解して表現し、最後に個人の内面にある多様性を見つめる、という流れです。私自身のメキシコ文化や興味、クリエイティブな背景を通して、多様性について個人的な視点から語ることを意識しました。私たちの現実を形作る「象徴」を理解することで、生徒たちが自分自身の視点から世界を探求できるきっかけになると思ったからです。日本での暮らしを通じて、自分自身のアイデンティティへの理解も深まりました。他の文化に触れることで、自分の中の豊かさに気づくことができたのです。ワークショップでは、生徒たちが「自分自身の中にある多様性」に気づける「外からのレンズ」のような存在になれたらと思いました。そして、その内側を見つめるために、アートほどふさわしい手段はないと信じています。

アーサー:私の日本でのアートにおける研究の中心は、東北地方です。関東地方に住む人たちに東北での体験を話すと、まるでブラジルの話をしているかのような驚きや戸惑いの反応が返ってくることがあります。この体験から、日本における多様性の問題は、単に「移民としての自分」だけの話ではないと感じました。そこで、今回のワークショップでは、「世界に存在するさまざまな視点にどうアクセスするか」というテーマを設定しました。舞踏を軸に据えたのは、私自身のリサーチの中でも新しい視点を発見できると感じたからです。生徒たちと共に「わからなさ」の中に身を置き、探求を楽しみたかったのです。ワークショップでは、ブラジルの物語や考え方を舞踏の振付プロセスに織り交ぜることで、生徒たちが普段慣れ親しんでいる感覚の外側にある世界を、身体を使って想像できるようにしました。どこに行こうとも、自国であっても異国であっても、私たちの身体は経験を記憶し、それを通して世界を理解していきます。今回のワークショップでは、そんな身体の記憶を「新しい視点を見つけるためのコンパス」として使いたいと考えました。