本プログラムのファシリテーターを担当した学生が実施当日を振り返ってみました。どのような物語が繰り広げられたのか主観的に記述しています。

探検家たちの冒険―「A good place」を求めて

文:寺山穂

あらすじ

年の瀬の冷たい風が、静かに春を告げる貝寄風に変わる頃。IMM東京が主催するアートエデュケーションプログラムが、足立区のとある小学校で開催された。探検家ミミとダンダンが案内役となり、子どもたちは自分らしくいられる『いい場所』を求めて想像力豊かな冒険に出発した。

道行く先はどこもかしこも奇妙な音で包まれていた。七千匹の蛇が眠る大地、大きな渦を巻く川、石のうめく大きな山、そして音が響くねばねば沼。各地で子どもたちはアイデアを出し合い、協力しながら困難を乗り越えていく。その過程で、私たち探検家一行を導く新たな人物と出会い、絵を見ながら対話をし、アーティストのイリヤと共に作品を制作する。

果たして子どもたちは『いい場所』を見つけられるのか。

本ページではプログラムのファシリテーターを担当した、「探検家ミミ」こと寺山穂が自身の視点で体験を振り返る。

序章:長い冒険の始まり

私は探検家のミミ。このプログラムに子どもたちの案内役として参加した。相方のダンダンは想像力と身体を使って、そして私はピアノで音楽を奏でながら、子どもたちを導いた。

この日まで私達はプログラムを作る長い「冒険」をしてきた。出会った頃はお互いの話す言語がほとんどわからなくて言葉を交わすことさえままならなかったダンダンと、今はアイコンタクトだけで通じあえているような気さえする。そんなダンダンとそしてIMM東京チームが、このプログラムを構想し始めたのは2024年7月のことだった。

ダンダンから最初に “slime and stranger(スライムとストレンジャー)”という概念を聞いたときは、その概念が腑に落ちるほど理解は進まなかったのだが、心がざわざわとしたのを覚えている。“slime and stranger”。それは自分が出会ったことのない価値観や異なる文化圏で暮らす人々、同じコミュニティに属さないと感じる人々を知覚するときの感覚だという。その肌はエイリアンのスライムのように不可思議で、避けたいと思う気持ちもありながら、どこか心惹かれる。“stranger”に対して抱く感情と確かに似ているように思う。

この概念を出発点にプログラムは少しづつ構成された。実際にスライムを触りながら感覚的に概念を知り、そしてスライムの可能性を語りあった。“swim in the slime “「スライムの中を泳ぐ」そう彼はいった。そのコミュニティ同士に惹かれた暗黙の線を自由に泳いでいこうと。語り合うことで私たち自身も私たちの間にあったスライムを泳いでいったように思う。

ピアノの向こうに子どもたちが見える。緊張で指先が冷たくなっているのが分かる。同時に収まらないワクワクに速まる鼓動。さぁ今日はどんな冒険が待っているのだろうか。

第一章:冒険の扉を開けて ープレワークショップー

「みんな!ようこそ!今日は冒険に出るよ!」

私は子どもたちの顔を一人ひとり見渡した。体育館に漂う微かな緊張感と好奇心。それに負けないよう、私はいつもの元気な声で呼びかけた。

『A Good Place(それぞれにとっての心地いい場所)』を探す冒険。それは病気の流行や戦争で世界中に緊張が走っている今、本当に平和で安心して暮らせる場所、自分らしくいられる場所を探す冒険だ。

ダンダンが子どもたちに探検家になるための特別な準備を呼びかけた。

「あなたの好きな探検家のぼうしを作ってみよう!創造力を使って帽子を作ってみて!こんなふうに腕を伸ばして、手の上に乗っている帽子はどんな形?どんな色?」

子どもたちは探検家の帽子を被り、そして冒険の靴に履き替え、しっかり靴紐を結び…。

そしてそこに探検家達が立っていた。

少し歩くと奇妙な寝息が聞こえ始めた。そこは「七千匹の眠れる蛇の大地」だった。

「蛇たちを起こさないようにするにはどうしたらいいだろう?」私は声をひそめながらみんなに聞いた。

探検家達が顔を見合わせながら思い思いに動く。

「よし!そしたらつま先立ちでゆっくり、静かにあるいてみよう!」

ダンダンを真似するように前列にいた子どもたちからかがんで、つま先立ちで列を成した。

蛇の前を通ると子どもたちに反応して蛇の寝息が聞こえる。

「カタカタカタカタカタ」

そしてまたその音に反応するようにクスクスっと子どもたちは笑いながら、でもまるでスパイのように進んでいくので、思わず微笑んでしまう。

「シーッ…慎重に!みんな上手だね。もうすぐ渡り終わるよ。」

子どもたちは再び息をひそめながら慎重に進んだ。

写真:冨田了平

 

次に私たちがたどり着いたのは、「大きな渦を巻く川」。

「わぁあもしかしてここが『A good place』?ちょっと泳いでみようか!」

ダンダンがそう言い終わるやいなや先頭の探検家たちは川をすごい勢いで泳ぎ出した。

何人かの大人っぽい探検家たちは後ろの方で怪訝そうに仲間の様子を伺いながら少しずつ腕を動かしていた。

ところが、次第に川の流れが激しくなっていった。

「川の流れが強い!みんな川の流れに乗って泳ぐんだ!」

「左から流れが来てる!左へ!」

ダンダンの掛け声とともに探検家達がゆらゆらと左右に揺れた。そしてやっとのことで枝を掴んだダンダンの手を探検家たちが掴んでいく。そこにひとつの列ができて、そして、

「わぁぁあ〜!!」

川を渡りきったのだ。

探検家たちの息が荒い。満面の笑みを浮かべる者、明らかな疲労感を漂わせる者、そして次なる地に今にも進み出したいと言わんばかりの表情を浮かべる者。その反応は色とりどりだった。

川を渡り終えて一息つく探検家達のもとに静かなエネルギーを感じさせる音が降り注いできた。「うめく大きな石の山」だ。

「この山をのぼってみようよ!」

ダンダンの声かけに子どもたちが腰をあげる。右、左と確信を持って手を伸ばすその先に『いい場所』があるのだろうか。

「さぁもう少し!」

そんな矢先のことだった。その場を包む音が一変し激しい地鳴りが起こった。

「岩が崩れてくる⋯! 」

「みんな身を低くして頭を守って!!」

そうしてあたりは静まり返った。

「どうやってこの岩の下から脱出できるだろう。」

「でもまだ動けるよ、ここから這い出すんだ!」

そうして探検家たちは手で岩をかき分けた。

「わぁ〜!やっと出られた!!」

「んっ…なんだこれ、、床がすごくねばねばするの」

「動くのがすごく難しい…これは…本当に…ねばねばしている…。」

ダンダンを横目に重い足を持ち上げるように一部の探検家達が動く。ある探検家はダンダンや探検家の仲間たちがひっつく足を手を添えて引っ張る姿を不思議そうに伺っていた。

「すごく不思議な場所に着いたのよ。『The Sticky Swamp of Slime with Sounds』音が響くねばねば沼ね。 」

不思議な音がポロンポロンと響き渡った。

「僕たちの動きに反応してるみたいだ。踏むたびに変な音がするよ」

とすっかり困った表情のダンダン。

と、その時。その音が聞こえたのだ。小さく優しい音が。

第二章:その絵の先に見えるもの ー対話型鑑賞ー

ねばねば沼にすっかりはまってしまった私たちの先に現れたのは、アートコミュニケーターたちだった。

「やぁこんにちは、探検家たち。ここではねみんなでお喋りしながら一目見ただけではよく分からない絵をみんなで見るよ!もしかしたらねばねば沼を渡るヒントが見つかるかも!」アートコミュニケーターのペコさんが優しい声で語りかける。

そこにはたくさんの絵が書かれたカード「アートカード」が並んでいた。始めはアートカードを使ってねばねば沼を渡る魔法を想像してみようというのだ。

「このカードに見える水みたいに、ねばねば沼がサラサラの水に変わる魔法で脱出する」

「羽が生えて空を飛ぶことができるようになる魔法!」

カードから色とりどりの魔法が連想されていった。

そして次は大きな画面に一つの絵が映し出された。羊と人が向かい合っているようにも見えるが、彼らの肌には町や人が見える。

「この絵の中心にいる2人は仲良しだったんじゃないかな。微笑んでるようにもみえる」

「でも、この部分に線があるのが僕には少し対立しているようにもみえる。」

「私にはその線は2人を結ぶ糸みたいにも見えるよ。」

決して誰かを否定することなく発される言葉は、新たな視点を生み、またその視点がまた新たな視点を引き出した。子どもたちの想像力はどこまでも続いた。アートコミュニケーターに「じゃあ次の絵を見てみようか」と声をかけられるまでその議論が続くような場面もあり、その一目見ては分からない絵の奥にある、誰かと意見を交じわすことで生まれる発見に子どもたちの目が一段と輝いているように見えた。

写真:冨田了平

 

二作品目はとても不思議な絵だった。

空に向かってうにゃうにゃと伸びる黒い筒状の棒の向こう側には集落があるようにも見える。

「うわっ、何これ」

探検家たちに戸惑いの表情が浮かぶ。

「人の気配がしない、戦いの後みたいな感じがする」「戦争?」

「棒の黒い色はこげた色みたい」

「うねうねしてるのが生きものみたいにも見える」「何か悪い空気を吸い込んでいるような気がする。だからくろいのかな。」

一作品目に比べて重い沈黙が続く。得体の知れない、不可思議な作品に探検家たちも頭を悩ませながら、ポツポツと言葉を発する。じっくりと見つめ、ぱったりと発言をやめる者。

とても「ねばねば」とした時間だった。

絵を見る時間も終わりに近づいてきた頃、突然、その幕は上がった。

柔らかな光沢感を纏った赤い幕の向こうには、大きさも形も異なる四つのアート作品が佇んでいた。探検家たちは感嘆の声をあげながら徐々に近づいていった。

間近で見る作品は質感がより一層際立って見えた。

「見て、キラキラしてるよ」

魚が悠々と泳いでいるように見えるその作品は、光を反射しているようにも感じた。私は探検家とともに色々な方向から、側によったり、距離を取ったりして作品を眺めた。

その隣には、見上げるほど高く、一面に金箔が施された人型のようなものが立ち尽くしていた。じっと見つめていると、私の中に想いに耽っている少し寂しそうな横顔が浮かび上がった。何を考えていると思うかと側にいた探検家たちに聞くと

「うーん、わかんないけどなんか楽しいこと考えてそうじゃない?この色とか楽しい感じ。」

なるほど。同じ絵を見てもかなり感じることが違うのだなぁ。そう思った瞬間だった。

一部の探検家たちは何よりもそれがどう作られたのかに興味を示していた。どうやらいつも絵を描くときに使っている紙や絵の具とは違うものを使っているそうなのだ。中には作品に顔を近づけてじっと観察しているような探検家もいた。

ペコさんの合図で探検家たちは集合し、この時間の発見を述べ合った。

「自分の考えていることに不正解はない。」

「同じ絵を見てても違うこと考えている人がいて、でもそう言われてみるとそう見えるな、みたいなこともあった。」

「遠くからみるのと、近くで見るのだと違って見えた」

ペコさんたちアートコミュニケーターから探検家たちにメッセージが手渡されたように感じた。

写真:冨田了平
第三章:「見えないもの」が「見える?」ーアーティストワークショップー

ねばねば沼を渡る道中、私たち探検家一行にまた新たな人物が手を貸してくれた。

淡い音楽とともにやってきた彼はこう名乗った。

「こんにちは!僕はイリヤです。」

どうやら話を聞くと、イリヤさんはベラルーシで生まれ、その後色々な国を旅し、そして現在は日本画を描いているそうだ。なんとさっき鑑賞した絵も彼が制作した作品だった。

イリヤさんの向こう側には白いロール紙が広がっていた。どうやらこのロール紙に見えない絵を描くというのだ。子どもたちは列をなしてロール紙の目の前にランダムに座った。

「仮に友達に僕の印象を聞いたらアートが好きな人だと言うだろう。それから黒い色やスパイシーな食べ物が好き。自分に連想されることは沢山あり、これは誰もが知っている『外』だ。すべての本がそうであるように、私たちは皆この表紙を持っている。」

そしてこう続けた。

「自分自身について考えてみよう。クラスメートや友達が知っていることは何だろう?好きな食べ物、季節、歌?自分の長所や特技とか?何でもいい!そして、それを考えたら、言葉でなくても絵で表現できることを想像してみてください。」

スティックのりを使って描く『外』は写実的なものでなくてもいい。透明で何を描いているのか見えにくいので、線や抽象的なマークで表現することもできると、イリヤさんは教えてくれた。

私は周りの探検家とともにお互いの印象や、知っていること、自分の好きなものについて話した。

「トマトが好き!」

そう溌剌と話す探検家は今までに見た事のないくらい大きなトマトを描いた。

「こんな大きなトマトがあったら嬉しい!あと、トマトが好きだから赤色も好き!」

「なるほど、じゃあ赤色ってどうやって表せると思う?」

「うーん、、」

色のないスティックのりで赤色を表す。これには探検家も手を止めて考えた。

「赤色はどんなイメージがある?」

「うーん、、なんかぶわっていう感じ!トマト食べた時みたいに口の中でぶわってなる感じ!」

「ぶわって感じか!それを描いてみる?」

私がそう言うと、探検家は生き生きとした様子でスティックのりを紙に走らせた。

その隣の探検家はこう言った。

「僕は走るのが好きです。あと好きな色は黒です。」

「そうなんだ!私も走るの、好きだよ!短い距離を走るのが好き?長い距離?」

「…どっちも好きだけどなんとなく長い距離の方が好きです。自然の中を走るのが好きです。」

そして彼はお父さんとお休みの日に公園で走ったりすること。走るだけじゃなくて外で遊んだり、植物を見たりするのが好きなこと。色々な「好き」を教えてくれた。

やがて彼は、ロール紙の上に走る自分とその周りを囲むたくさんの草や木、果物を描いた。

ロール紙の上はあっという間にスティックのりで埋めつくされたようにも思えたが、なんせ見えないのでその上からその上からとどんどん「好きなもの」が重ねられていった。

写真:冨田了平

 

「次はわたしたちの『内』について考えてみましょう。『外』が本の表紙であるなら『内』はそのページをめくった中にかかれているものです。容易く見ることはできない『内』。自分の心のなかにある感情や友達には話していない自分の好きなものやことを自分とお話しながら考えてみましょう。」

探検家たちは静かに目をつぶった。私も目をつぶり、私自身に話しかけた。

心の中にある感情。誰かにあまり話したことはないけれど大切な小学生や中学生の頃の思い出。今は恥ずかしくて口にすることができない幼い頃からの私の夢。

今の自分に目を向けることで、同時に過去の自分の記憶や感情が思い出された。

そして静寂の中に道を車が走り去る音や鳥のさえずり、川のせせらぎが聞こえていた。

「さぁそしたら今考えたことを次は別ののりを使って描いてみましょう。」

次ののりは先程のより粘度が高く、液体状になっており、少しだけ酸っぱい匂いがした。

もくもくと描き始める子もいれば、時折、戸惑いながら、手を止めながら描く子もいて、その誰もが真剣な眼差しで描いていたように思えた。

そして三つ目のステップ。

見えない絵の上に魔法の粉をふりかけることで『見える』ようにするというのだ。

このステップに入る前、私たちはそれまで座っていた場所からクルッと時計回りに移動していた。そのため移動した位置に誰が座っていたか大体検討がつくものの、そこに何が書かれているかは透明なのりによってうっすらとしか確認できなかった。

「魔法の粉」というのは木炭やパステルなどの顔料を乳鉢で擦り潰したものだ。私の手元にも今まさに探検家たちによって擦り潰された顔料入りの乳鉢が回ってきて、粉作り体験を少しだけした。乳鉢は小さいのに思ったよりも重くて、そして中に入っていた木炭は、目を瞑るとその匂いやすりつぶす音から焚き火をしているような気分になった。

二人一組でシェアする顔料が子どもたちの脇に置かれていくとその器を覗き込むように多くの子が興味をしめした。

一つは木炭の黒色。一つは赤サビのような赤褐色。一つは鮮やかな青緑色だった。

イリヤさんの合図で白紙だった紙が色づいていく。

粉をふりかけ、紙の上でしっかりのばしていくと…。

なんとそこに先ほどまで表現していた『外』、『内』が浮かび上がってきたのだ!

最初は恐る恐る粉を乗せていた探検家たちも次々と現れるモチーフを目にすると、「あっマックのポテトだ。」「これは犬?」と見つけたものを口にしながら、次第に大胆に粉をふりかけていった。

粉は隣の人と分け合う形だったので、目の前に現れる景色に心奪われながらも、探検家たち同志は隣に気を配りながら譲り合って使っていた。これには『外』を考える時間で中々話すことができなかった、探検家たちも緩やかに会話が生まれており、私はその光景を微笑ましく眺めていた。

私の目の前には仲良くより集まる人物たちが浮かび上がり、その周りにお花がたくさん咲いていた。それが家族や友人の集いのようにも見受けられ、何を指し示すのか明確にはわからないもののなんだか温かい気持ちになった。

ふりかけた粉をティッシュや手で伸ばす作業は私をお宝を発見するような気分にさせてくれた。

写真:冨田了平

 

最後には色づいたロール紙沿いをみんなで歩いた。

自分が書いていたところまでやってくるとトマト畑がかなりの広がりを見せており、生い茂った自然とトマトが融合していた。これにはトマトの隣で走る彼の姿が大きなトマトに向かって走る人にも見えて面白かった。

『内』の時間で描かれたものは『外』の時間で描かれたものよりもはっきりと、鮮明に浮かび上がっていた。

キャラクターや食べ物が多い『外』に比べ、心なしか『内』の方が抽象的な表現が多かった。穏やかに波打つ線や弾んで踊っているようにも見える円状の何か。

種証のように話してくれる探検家もいてその表現が解き明かされていくものもあれば、誰が何を書いたのかも分からないので何に見えるかあてっこが始まるものもあった。

その後一人の探検家が教えてくれた。とある探検家が最近こちらに引っ越してきたそうで『内』の時間では前に住んでいた家とその周りの風景を書いたと言っていたそうだ。

どんな気持ちで描いたのだろう。

そして描くことでその子はどんな気持ちになったのだろう。

私も小学生のときに転校を経験した。かつての気持ちを思い出し、胸がきゅっと切なくなった。

写真:冨田了平
第四章:「いい場所」ってどんなところ? ー振り返りワークショップー

場面は再びねばねば沼へ。

「みんな、アートコミュニケーターやイリヤさんからはどんなヒントをもらったかな?どんな発見があった?」私は子どもたちに問いかけた。

「自分の思ったことに不正解はない!」

「よく見ると違って見える」

「いろんな意見を聞くと、自分では思いつかなかったことが見えることがわかりました。」

と探検家たち。

「『内』と『外』を考えました」

「見えなかったものが見えるようになった」

私は頷いた。そしてこう続けた。

「私はねばねばたちにも見えない感情があるのかもしれないと思うんだ。ねばねばたちの発する音に耳を傾けて聞いてみない?」

「この音を聞くとねばねばたちってどんな気持ちだと思う?」

私はねばねば達の発する軽快な音楽を演奏した。

「楽しい気持ち!」

「なるほど、楽しい気持ちを指で表してみよう!」

ダンダンの導きによって探検家たちは指、腕、足と感情を表現した。しばしばその感情表現は難しかったようだ。ダンダンの動きが腕た足も加わり大きくなっていっても一部の探検家たちはその動きを変化させることはなかった。しかしその指は背中で小さく動いていた。

それでもダンダンは探検家の間を自由に動き回るとその後ろを探検家の仲間がまた違う動きで追った。

「ああ〜今僕は自分らしくいられているかもしれない。よし、僕はここで冒険を一旦終わりにするよ!」

そうのびのびとダンダンは言った。

「そうか、おめでとう!でも私はまだ『いい場所』を探す冒険を続けようかな。だからここでお別れだね…。」

長い冒険を一緒に歩んできたダンダンとのお別れは名残惜しく、私達はお別れの前に様々な冒険の地を振り返ることにした。蛇の地、うずまきの川、ざわめきの山、音楽とともに巡った場所が思い出された。

そして次第に音楽は静まっていき、ゆっくり演奏される音楽にあわせて私は探検家に寝転ぶよう促した。そして探検家たちは目をつぶった。

写真:冨田了平

 

「今日はどんな発見があった?」

「友達とそして自分との会話はどうだった?」

「結局『いい場所』ってどんな場所なのだろう?」

しばらくの沈黙のあと、探検家たちはお互いの体験を話し合った。

いい場所について様々に述べていた。学校、家、そういった答えの中には

「私は一人の時間がすきかな」

「好きなことできるところ」

という意見もあった。

場所ではなく時間や空間として捉えたその言葉を聞いたときは驚きと感心でいっぱいだった。

いずれにせよ多くの探検家が発見や考えを共有してくれたことが心から嬉しかった。

エピローグ:冒険の終わり

「さあ、みんな。これでお別れだね。」

私は冒険の締めくくりとして、最後の音楽を流した。

「人生という長い冒険はこれからも続くよ。またみんなで冒険に出よう!」

そう言って、みんなとハイタッチをした。

次の進路を指し示すように私たちの背後のドアが空いた。

冒険の間に見せてくれた子どもたちの驚き、戸惑い、笑顔。

私にとってかけがえのない『いい場所』がまた一つ、ここに生まれた。