多文化に触れる中で自分自身を見つめ直す
「アート・エデュケーションプログラム」実施レポート

文=寺山穂(イミグレーション・ミュージアム・東京 学生スタッフ)


中学校実施について

足立区内の小学校でのアート・エデュケーションプログラムが三年目を迎えた2023年度は、活動の輪を更に中学校にも広げてプログラムを実施しました。

中学校での実施を進めるにあたって、私たちは

・アーティストと生徒がより相互に、主体的に交流できる環境を作ること。
・生徒自らが自主的に「多文化と共生する社会」を思考する機会を作ること。
・他者との関わりの中で自分自身について考える機会を作ること。

この3つを重視してプログラムの構想を行いました。

こうした「主体性」を重視したプログラム構想は、これまでの小学校での実施を経て中学校で取り組みたいことでした。前年度までのプログラム実施後に行ったアンケートやスタッフ内での振り返りからアーティストやIMM東京スタッフと生徒がゆっくりとコミュニケーションを取る時間をもっと作りたいという声がありました。また、より物事を思考する視点が広がる中学生とのプログラムでは常にプログラムIMM東京側が提供し、それを生徒が受け取る側という関係性ではなく、生徒自らの視点でプログラムを解釈したり、あるいは生徒も同じプログラムの担い手としてともに共創できる余白を作りたいと考えました。

これらの観点から、小学校の短期的なプログラムに対して中学校ではより訪問回数を増やし、生徒一人ひとりとの関係性を築いていく1ヶ月間の中期的なプログラムを試みました。

アーティストには前年度の小学校のプログラムでも共に活動したギリシャ人のクロエ・パレさんを迎え、IMM東京事務局から二人のメンバーが参加する、少人数体制で訪問。一週間に一回、1ヶ月間で全4回、美術部の部活動にお邪魔しました。

実施プログラム”fantastic fields”「ファンタスティック・フィールズ」ではレーザーカッターで『鉱物』に模した模様が施されているオリジナルキットを生徒一人ひとりに配布。ディスカッションを通して鉱物のもつ特徴に紐づけ、自身や周りの人びと、周りの環境、そして未来について思考する中で作品を制作しました。

 

実施の様子

Day1:火成岩〜自分自身を見つめる〜

放課後のチャイムを合図に生徒たちが美術室にやってきました。ロの字に広がる机を囲むようにして座ると、それぞれの生徒があらかじめ作ってくれていたお手製の名札を胸元にかけて一人ずつ自己紹介タイム。少し緊張した面持ちも見られる中、なんと英語を使って自身のことをお話してくれました。最後にクロエさんの自己紹介を終えると早速プログラムに必要なオリジナルキットを配布しました。小さくキラキラと光る紙に細かく切り込みの入った繊細で美しいキットに生徒たちは興味津々でした。

導入としてスライドを使ってクロエさんが4日間のプログラムを説明しました。様々なインスタレーション作品を例に上げながらこれから始まる活動を紹介すると生徒たちは真剣な眼差しで聞いていました。

第一回目のテーマとなる鉱物は『火成岩』。火成岩は強い熱により地下や地殻下部、上部マントルで発生するマグマが冷えて結晶化した鉱物です。この成り立ちになぞらえて自分自身について考えました。キットに入った火成岩を模した紙を手に友達とお話しながら紙を切り貼りしたり、様々な色を使って装飾を施したりと、色々な形、色に変化させていました。

一日のプログラムの締めくくりにそれぞれが作ったものの紹介をしました。火成岩の斑模様の一つ一つに自分の好きなものを描いている生徒や自身から連想される動物や植物を表現する生徒が見られました。

配布したオリジナルキット(撮影:冨田了平)

生徒がお互いの作品を発表し合う様子(提供:音まち事務局)


Day2:堆積岩〜環境とのつながりを考える〜

前回よりも少し打ち解けた雰囲気が流れる中、一週間ぶりに第二回目の活動がスタート。

この日のテーマとなる鉱物は『堆積岩』でした。堆積岩は既存の岩石や、かつて生きていた生物のかけらから形成されます。様々な外的要因を受けて形成する堆積岩のように私達も周りの環境に影響を受けて暮らしています。そうした自身の生活する環境に思いを馳せながらも、前回にもましてテンポよく生徒たちの手が進んでいました。制作中は自分の家族の話や住んでいる地域の建物、底に住む人々の話をしている生徒が多く見られました。こうした会話を通してか、それぞれの作った作品がコラボレーションしていくような場面もありました。更に今回からはロの字の輪の中にクロエさんが入って生徒一人ひとりの制作机を周りながらコミュニケーションを取り合いました。あっという間に日は暮れ、前回同様生徒たちが自身の作ったものを発表し、説明してくれる時間では、それぞれの考えたことやその考えたことを基にどう表現したのかを共有する楽しさを生徒たちが体感しているように思いました。

クロエと生徒がお話する様子(提供:音まち事務局)

生徒の制作した作品(提供:音まち事務局)


Day3:変成岩〜未来を想像する〜

第三回目はある種類の岩石から始まり、圧力、熱、時間によって、徐々に新しい種類の岩石に変化する『変成岩』に重ねながら、自身の未来について考えました。この日のテーマは生徒たちにとって前の二回よりも時間をかけて考えたい内容だったのでしょう。ゆっくりと手をとめて、「私ってどんな人になりたいだろう。」と真剣に悩んでいる姿も見られました。また、時に将来に対する不安を語りながらも、理想の自分や明るい未来を想像しキラキラとした表情で制作に取り組む生徒も見受けられました。お互いの作品を発表し合う時間には自身の未来への希望を物語るような作品や、自分が暮らす環境の変化に着目した作品などがありました。また、これまでの二回の活動で作ってきた作品とのつながりを意識したものも見られました。中には学校周辺にあるスーパーを取り上げている生徒もおり、この作品がきっかけでプログラム終了後に生徒の何名かが実際のスーパーまで案内をしてくれました。道中では生徒の学校外の一面が見え、より関係性が深くなっていくのを感じました。

クロエと生徒が会話をする様子(提供:音まち事務局)

生徒が制作する様子(提供:音まち事務局)


Day4:ファンタスティックフィールド〜私たちの地図を作る〜

プログラム最終日を迎えたこの日は、それまで三回の活動を通して制作した作品を全て持ち寄って、教室中に作品を展開しました。自己、環境、未来のつながりを意識しながら自分自身の作品同士をつなげたり、友達と何人かで作品を寄せ合って工夫してかざっていく姿が見られました。日が落ちて陰った教室に外からの薄い光が漏れ込み、教室いっぱいに散りばめられた作品を頼りなく照らす様子はまさにファンタスティックなフィールドでした。

クロエによるファンタスティック・フィールドへの導入の時間(撮影:冨田了平)

生徒が話し合いながら作っていく様子(撮影:冨田了平)

ともに作った作品を紹介する様子(撮影:冨田了平)

生徒たちが一緒に制作した作品群(撮影:冨田了平)


まとめ

実施までの期間は、中学校での実施は1年目というのもあり、中学生がやりたい!楽しい!と思ってくれるようなプログラムをどうしたら作れるのか試行錯誤の日々でした。ワークショップの中で扱うテーマも小学生よりも少し難しい内容を盛り込んだり、知識の必要な内容だったので、アーティストのクロエさんと共にその伝え方や思考を制作に繋げるまでの一連の流れをどう理解してもらえるか考えました。回を重ねる毎にだんだんと生徒と打ち解けて行くことができ、プライベートな会話や少し踏み込んだお話ができたのもすごく嬉しかったです。また、夕方の暗い時間でもかえって電気を消してみるなど、活動する教室の雰囲気も生徒とのコミュニケーションの中で作っていきました。

実施後に協力してもらったアンケートには「友達と一緒に関わりながら作るのが楽しかった」という声の他に「もっと積極的にクロエさんと英語でお話ししてみたかった。」という声が多く聞かれました。自分自身の言葉を自分で伝えられるようになりたいなど積極的に交流を望んでいる生徒が多くいたことにとても嬉しく感じました。

また、先生方に行ったヒヤリングでは本プログラムを通して生徒それぞれが自分自身の課題に対する切り開き方を見つけていく姿が見られたという言葉をいただきました。ともにプログラムを見守ってくださった先生方に感謝を感じるとともに、普段子どもたちと触れ合っている先生方から見た子どもたちの変化を非常に喜ばしく受け止めました。

このプログラムを通して普段、学校では出会うことのない者同士が出会ったり、誰かの、あるいは自分自身の新たな一面に出会い直すとき、その出会いをきっかけに様々なファンタスティックな未来が待ち受けることを心から願っています。

ファンタスティック・フィールド(撮影:冨田了平)