地域コミュニティの多様性をアートを通じて考える「アート・エデュケーションプログラム」の実施レポート
文=神道 朝子 (イミグレーション・ミュージアム・東京 学生スタッフ)
はじめに ~プログラム実施の背景~
近年、東京で暮らす在留外国人や海外にルーツのある子どもたちが増え、内なる国際化が進んでいます。多文化社会をテーマに、地域に住む海外ルーツの人々との交流を通した活動を行っているイミグレーション・ミュージアム・東京(以下、IMM東京)では、アートを通じて文化的多様性への理解を深めることを目的として、足立区内の小学校でアート・エデュケーションプログラムを実施しました。
2023年度のプログラム実施について
小学校でのアート・エデュケーションプログラムの開催が3年目となった今年度は、1日がかりで「自分の住む地域コミュニティでの人々の役割やつながりを考えてみよう」というテーマで、アートを通して多文化に触れるプログラムを開催しました。実施校の先生方のご協力もあり、1限目から5限目までの時間を生徒とIMM東京メンバーで一緒に過ごすことができました。生徒たちは、普段の学校生活では出会わない大人たちと出会ったり、対話型鑑賞に取り組む中でさまざまな人やつながりを想像したり、フィリピン出身のアーティストと一緒にコラボレーション作品をつくることを通して、自分のルーツについて考える機会にもなりました。このレポートでは、2024年1月に足立区立小学校2校の5年生を対象に4日間実施したアート・エデュケーションプログラムの1日の流れを紹介しながら、どのようなプログラムだったのかを振り返ってみようと思います。
イミグレーション・ミュージアム・東京(IMM東京)って何だろうから始まる1日
イミグレーション・ミュージアム・東京(IMM東京)って何だろうから始まる1日1日は、IMM東京の紹介と関わるメンバーによる少し長い自己紹介から始まります。「IMM東京は場所をもたない移動する美術館です!」と紹介すると、なんだなんだ?と子どもたちの頭の上にハテナマークが浮かびます。「イミグレーション」、「ミュージアム」、「東京」という3つの言葉を紐解きながら、私たちの活動を紹介していき、「今日はこの小学校がミュージアムになります!」と伝えると不安そうな顔が少しほぐれていきました。さあ、どんな1日になるのでしょうか。
IMM東京は、海外にルーツを持ち、日本で活動するアーティストのメンバーと共に活動しています。文化的多様性への理解を考えるきっかけにまずは、IMM東京メンバーがこれまで住んでいた場所やアイデンティティに関わる自分のルーツを紹介します。東京藝術大学に通う留学生でも日本で幼少期を過ごしていたことや、日本人といってもさまざまな場所を移り住んできた人生を経て、今足立区でのIMM東京の活動に関わっていることがわかります。
対話型鑑賞を通して、自分とクラスメイトの意見の違いを発見!
今年度もアート・コミュニケーターの(一社)アプリシエイトアプローチ(以下、アププ)のメンバーに導かれ、対話型鑑賞を行います。1クラスを4つのグループに分け、それぞれのチームにアート・コミュニケーターが参加して、アート作品について対話する活動です。まず、「人」がモチーフになったさまざまな作品が載っているアート・カードの中から気になったカードを選び、作品に載っている「人」についてクラスメイトに紹介します。知らない人のことを想像して話してみると面白い意見が聞けて、大盛り上がり。続いては、モニターの前に集合し、絵画を見て話す時間。絵の中にはどんな人がいる?何をしている人なのだろう。この人とこの人はどんな関係なのかな?絵画の中の人たちの関係やつながりを想像して、自由にみんなで話していきます。
見守ってくれていた担任の先生から、「いつもはあまり発言をしない生徒も活発に意見を出している姿が嬉しい」という感想をもらいました。参加生徒からは、「それぞれ感じ方がちがって、自分が思いつかなかったことも友達の意見で確かにと思う事もあっておもしろかった」という意見が出ました。
ワークショップを担当するラルフさん(IMM東京2023年度アーティスト)のルーツは?
今年度はフィリピン出身で、横浜に3年以上住みながら、制作活動をしているラルフ・ルンブレスさんによる、学校の土を使った大きな抽象画づくりのワークショップを行いました。
フィリピンの自然豊かな村で育ったラルフさんは、振り返ってみるとアーティストとして自然素材を使うことが多く、自分のルーツにつながった制作活動をしていると教えてくれました。子どもたちにとって、はじめて出会うアーティストのこれまでの活動やルーツに触れることは、育った環境や文化、価値観の違いと向き合う機会にもなっていきます。
さらに、小学校の体育館にはラルフさんが高知県で制作した映像作品がサプライズ登場!今回のワークショップで使う和紙を作った職人さんたちや、その村に住む人たちと一緒に作った作品です。ラルフさんはアーティストだけではなくいろんな人たちと協力して作品を作ることが多いそうです。今回のワークショップもみんなと一緒に作るコラボレーション作品だと聞いて、どんなことをするのだろうと胸が高まります。
ステップ③アーティスト・ワークショップ:担当するラルフ・ルンブレスさんによる活動紹介・映像作品鑑賞
コラボレーション作品づくり!自分とつながりのある人を見つけて三角形をつくってみる
はじめに、ワークショップに向けたウォームアップ。生徒たちは町の中にいる人や職業を考えます。学校の周りや住んでいる地域にどういう場所があるか話し合い、候補を挙げていきます。誰が自分たちの住む地域で生活しているのか考えるのは意外と難しいもの。つぎに、生徒たちは町の中にいる人や職業をそれぞれ与えられ、自分とつながりのある人や職業について自分がその役割だったら他の誰とつながりがあるだろうかと考えます。つながりのある2人を選んで、等しい距離をとることで正三角形を作っていきます。「システム・トライアングル」という名前の三角形をつくるアクティビティです。誰かが動くと、その人とつながっている人が動く、また動いた人とつながっている人が動く…。なんとかみんなの動きがとまるバランスのとれた状態を目指します。バランスがとれると今度はラルフさんが町の中の大学生を動かすとどうなるかな?美容師さんは?などと声をかけ、町の中のつながりを可視化・身体化させていきます。
このウォームアップを終えた生徒たちからは、「つながりを考えるのは難しかったけど、動きがわかった」という声や選んだ2人の理由を聞くと、ある人に関する想像上のストーリーも浮かび上がりました。例えば、スーパーで買い物をする、地域の学習センターに遊びにいくという日常の行為にもその場所で出会う人だけではなく、スーパーに野菜を卸す農家さんの存在などにもつながっていきます。
ステップ③アーティスト・ワークショップ:コラボレーション作品づくりにむけた、ウォームアップ「システム・トライアル」アクティビティを練習。
コラボレーション作品づくり!土絵の具で遊んでいると抽象画が現れました。
ウォームアップで行った動きを今度は土絵の具の上で実践します。東京に住む子どもたちにも自然に触れ合って遊ぶ機会を持ってもらいたいというラルフさんは、学校の土を水とボンドに混ぜて土絵の具を作りました。大きな和紙の上に裸足で乗った子どもたちは、はじめての足触りに戸惑いながらも、受け入れていく様子でした。三角形の動きで土絵の具の形がどんどんと変わっていきます。最後は思い思いの遊び方で土絵の具を自由に楽しみました。
足をきれいに洗ったら、みんなで舞台から出来上がった作品を見てみます。やっている時は何を感じた?作品はなにに見える?と感想を聞いていきます。「やっているときは何かを作ろうと思っているわけではなかったのに、作品が出来上がっていて驚いた」という意見や、「土絵具に触れるのがはじめは嫌だったが、だんだん面白くなった」という意見があがりました。
ステップ③アーティスト・ワークショップ:土絵具に触れながら、コラボレーション作品づくり!気づいたら抽象画が現れました。
1日のIMM東京体験を振り返るリーフレットづくり
給食の後は教室でそれぞれが1日の活動を振り返る時間。IMM東京学生スタッフ考案のワークシートを使って、1日の中で見つけたいろんな三角形と自分の生活の中にあるつながりを振り返ります。美術館の紹介リーフレットとして制作し、あげたい人へのメッセージも添えて完成。近くのクラスメイトやIMM東京スタッフと協力しながら、振り返る様子が印象的でした。
ステップ④振り返りワークショップ:IMM東京での体験を紹介するリーフレットづくり
まとめ
このレポートでは1日のプログラムの流れを写真と共に紹介してきました。少しでも当日の様子がお伝えできていれば嬉しいです。
このプログラムは、IMM東京事務局が、足立区シティプロモーション課の担当職員、ラルフさんとアププのメンバーと議論を重ねて作ってきました。担当学生スタッフとして、子どもたちが楽しんでくれるだろうかと不安を抱えながら当日を迎えましたが、対話型鑑賞で意見が飛び交っている様子やラルフさんの活動紹介を真剣に聞いている姿、そして土絵の具を目の前にした時の喜びや戸惑う様子を見ることができました。楽しいだけでなく、様々な感情が引き出されていき、1日の最初は緊張していた子どもたちがのびのびと楽しんでいる様子を垣間見ることができてとても嬉しかったです。
今回、1日のプログラムを経て、子どもたちから、「美術の授業は好きじゃなかったけど、今日のは楽しかった!」という感想や、「自由に発言したり、想像する喜びを発見できた」という意見が聞けました。見守ってくださった担任の先生からは、「自由に発想していいという安心感のある場だったので、子どもたちものびのびと発表できたと思う」「今回の環境によって子どもたちの自己肯定感が上がったのではないかと思う」「子どもたちもものの見方はいっぱいあるということを感じられたのではないか」という肯定的な評価をいただきました。
今年度のIMM東京「アート・エデュケーションプログラム」に参加してくれたみなさんにとって、今後の生活や人との出会いの中でこの経験が活きていくことを願っています。
《写真クレジット》
撮影:冨田了平
対話型鑑賞1枚目・ラルフウォームアップ2枚目=撮影:IMM東京事務局